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2011.01.03(Mon):時々迷々~真宵独言
明けまして゚*。★おめでとうございます★。*゚(*V_v艸)ございます
2011年もran-ran-ranを宜しくお願いします+o。。o+゚☆゚+o。。o+

新春の初参り
氏神でもあり、よくお力をお借りします
「今井津須佐神社」
に、初参りに行きました(@´゚艸`)ウフウフ

連発の、長く急な。゚(゚´ω`゚)゚。ピー階段を泣く泣く制覇のあと(汗)
人で溢れる境内へ♪

須佐神社

人の合間をとって撮った写添付♪

神は結構お祭り好き?(@´゚艸`)ウフウフ
ニコニコしながら、自ら率先しての「新春の祭り」
素敵な波動と陽の気を神自ら振りまき+o。。o+゚☆゚+o。。o+
とても素敵な空間をお作りになられていました♪

集う皆様もニコニコ顔(@^▽^@)ニコッ
とても清々しい初参りでした+o。。o+゚☆゚+o。。o+

県外の方にはあまりなじみがないでしょうから
以下から今井津須佐神社と祀神について、少し述べておきますね(*・ω・)*_ _))ペコリン

この2011年
皆様飛び切り素敵な年にしてくださるよう、心から願っております☆。*†*。☆。*†*。☆


*+☆+*――*+☆+*――*+☆+**+☆+*――*+☆+*――*+☆+**+☆+*――*+☆+*――*+☆+*

【今井津須佐神社】  
旧称は今井津祇園社。
「須佐神社」「今井祇園」「今井の祇園さん」「今井の祇園さま」と呼ばれ親しまれている北部豊前地方の祇園社の雄社

祭神は須佐之男命・八王子・稲田姫命

北部九州一円より、無病息災・厄除開運を祈願する多くの参拝者が訪れます。

広く豊前、豊後、筑前、筑後など、北部九州各地に多くの分社があります。

神社の起源は、諸説ありますが、一説には鎌倉時代、建長年間の13世紀半ば、建長6(1254)年、祓川河口の今井津に疫病が流行したとき時、京都の祇園社を豊前国の今井津へ勧請し祀ったところ霊験があらたかだったので、翌年から疫病退散の御礼として神事を執り行ったのが今井祇園祭の始まりとされています。

なお、今井津須佐神社南側には、元永・長井地区の氏神である大祖大神社(旧称は妙見社)が並列して鎮座しています


【建速須佐之男命】(たけはやすさのをのみこと)『古事記』では建速須佐之男命、『日本書紀』では素戔鳴尊と記されている。

伊邪那岐命が黄泉国から逃げ帰り、筑紫の日向の橘の少門の阿波岐原で禊ぎをした時に生まれた神で、『古事記』には鼻を洗った時に成り出でた神と記されている。三貴子の分治では、伊邪那岐命より青海原を治めるよう言われるが、『日本書紀』の異説では天の下、または根の国(黄泉の国)を治めるともある。

神名の建と速は共に神威を称えた語であるが、普通は須佐之男命と呼ばれている。須佐は進む、荒(すさ)ぶなどのスサで、この神に関する神話は総てに勝ち、荒んで荒々しい振る舞いをする話が多い為に付けられた神名と思われる。また鼻から化生したことから、荒い鼻息からから連想して、嵐の神とする自然神格説もあるが、もともと出雲系氏族の祖神とする説が一般的である。

須佐之男命は、伊邪那岐命より青海原の統治を託されるが、国を治めず、長いひげが胸前に垂れるまで泣きわめき、その様子は青々と茂る山を泣き枯らし、河海まで泣き枯らしてしまった。須佐之男命の立てる音は蠅がブンブンいうように湧き上がり、万物は災いにみまわれた。ついに伊邪那岐命は怒って須佐之男命を追放してしまった。

須佐之男命は追放される前に姉の天照大御神に会おうと天に上るが、その時に国土、山河が揺れ動いたという。これに驚いた天照大御神は須佐之男命が侵略に来たと思い、その前に立ちふさがるが、須佐之男命が侵略の意志がないことを訴えたため誓約(うけい)を行って、奥津島比売命、市寸島比売命、多岐津比売命の三女神、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命、天之菩卑能命、天津日子根命、活津日子根命、熊野久須毘命の五男神を生み合うが、女神を生んだ建速須佐之男命の勝ちとなる。勝ちに気をよくした建速須佐之男命はその後、乱行を重ねるが天照大御神は怒って天岩屋に籠もってしまい、高天原と葦原中国は暗闇となり混乱してしまう。そこで神々が知恵を出し合って祭祀を行ったところ、ついにはそれに応えて天岩屋から出て、高天原と葦原中国は明るくなり秩序が回復した。

須佐之男命はその罪により、髭と手足の爪を抜かれ、高天原から追放される。『古事記』にはその後、大気津比売神に食べ物を請うたところ、鼻、口、尻から種々のご馳走を取り出して作ったのを見て、汚い物を奉るのだと思いこみ、大気津比売神を殺してしまう。しかし『日本書紀』には、これは月読命の所業として記されている。

こうして高天原を追放された須佐之男命だが、この後は記紀共に舞台を出雲へ移す。そして一転して勇敢で人助けをする善神として描かれるようになる。須佐之男命命は天上から簸の川上に降り、八俣の大蛇を退治して草薙剣を得て天津神に献じた。そして出雲の清地、須賀に宮を構え、助けた櫛稲田姫と結婚する。

この悪心から善神への転化についは、須佐之男命の悪性は禊ぎ払いが不十分で、黄泉穢れが残ったままの出生に原因があり、罪をあがなわされたことにより汚れが除かれ善神になったという説や、天照大御神と同様に荒魂、和魂を持っていて、神といえども怒ると荒々しい所業を行うということを表しているとする説などがある。

その荒ぶる性格が、逆に災いを祓う神としての信仰を生んだ。『備後国風土記逸聞』では、病気を流行させる行疫神、武塔神と同一化され、蘇民将来の伝承とも結びつき、さらには牛頭天王とも習合した話が記されている。

また疫除けの神の信仰は、夏の疫除けとして有名な八坂神社の祇園祭等に代表される。



【八王子】牛頭天王と習合していたスサノオと天照大神との誓約(うけい)で化生した五男三女神に変えられた。五男三女神とは以下の神である。

正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミ)
天之菩卑能命(アメノホヒ)
天津日子根命(アマツヒコネ)
活津日子根命(イクツヒコネ)
熊野久須毘命(クマノクスビ)
多紀理毘売命(タキリビメ)
市寸島比売命(イチキシマヒメ)
多岐都比売命(タキツヒメ)
ただし、神社によっては異なる神を祭神としていることもある。特に「八柱神社」については、単に八柱の神を祀るという意味の場合もある



【稲田姫命】(いなだひめのみこと)
◆この神様の別称
奇稲田媛命(くしいなだひめのみこと)
櫛名田比売命(くしなだひめのみこと)

『古事記』では櫛名田比売、『日本書紀』では奇稲田媛と記されている。

別称の「奇」は、ものをたたえる意味で、それが「稲田」にかかることで稲穂がよく実った美しい田を表わしていまする。
これは文字通り美しい田、つまり稲の豊穣に通じます。


自らの暴挙の為に高天原から出雲国肥の河上に天降った須佐之男命は、八俣大蛇への人身御供にされかけていた奇稲田姫と出会う。そこで奇稲田姫を妻に召すことを条件に彼女を助けることになる。

彼女を櫛の姿に変え髪にさし、濃い酒を醸造し盛った酒船を8隻用意し、八俣大蛇が酒で酔ったところをずたずたに斬り殺した。こうして八俣大蛇を退治した後に、須佐之男命は奇稲田姫と共に住むべき宮殿を須賀に造営した。

神名の意味は、奇は美称、稲田と合わせると美田、豊饒を意味する。『古事記』が櫛稲田と記すのは、櫛が稲田姫の依代になっているということを表しているのであろう。

英雄が美女を救い宝物を手に入れるという話は世界中に多くあるが、特に中国南部からインドネシアにかけても広く分布しており、そこから日本へも伝播したとする説もある。しかし、農耕における儀礼に基づいて神話化されたというのが一般的だ。

また天津神の須佐之男命と国津神の櫛稲田姫との結婚が、やがてこの国の支配者大国主神の誕生につながる。



機会がありましたら是非お立ち寄りになり、力強い波動を戴いてください(o´・ω-)b ネッ♪





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